2008年03月30日

盛りだくさんの日曜日

今日は小雨ですね〜
天気にかかわらず教会へ行って来ました。

2008年 3月30日 復活節 第2主日

聖書 創世記 16:1〜16(旧約聖書 P20)
   ヨハネによる福音書 4:14(新約聖書 P169)

説教 「どこから来て、どこへ行くのか」
    田邊 由紀夫牧師

創世記のこの箇所は、こんなことが書かれています。

主がアブラハムに子孫と土地を与えると約束されて10年後のことで、アブラハムには子供が生まれず、妻サラがアブラハムに女奴隷ハガルを側女にしてくれと言ったのだが、ハガルは身ごもると女主人(サラ)を軽んじるようになる。
すると、
サラは 「私が不当な目に遭ったのはあなたのせいです、女奴隷を与えたのは私なのに、彼女は自分が身ごもると私を軽んじるようになりました。主がわたしとあなたとの間を裁かれますように。」
アブラハムは 「あなたの女奴隷はあなたのものだ。好きなようにするがいい。」
と答えた。
サラはハガルに辛くあたり、彼女はサラの元から逃げた。
主の御使いが彼女と出会い、どこから来て、どこへ行こうとしているのか問い、サラから逃げていると答えると、
主の御使いは 「女主人のもとに帰り、従順に仕えなさい。」
「わたしは、あなたの子孫を数え切れないほど多く増やす。」
… 中略 …
ハガルは自分に語りかけた主の御名を呼んで、
「あなたこそエル・ロイ(私を顧みられる神)です。」と言った。

教会へ行くと、必ずと言っていいほど身に染みてくる言葉や出来事に出会います。
それだけ私自身が未熟なのかもしれません。

ここに出てくるサラは、代理母を女奴隷に頼んだんですが、女奴隷は身ごもるとサラを軽んじた…つまり、妊娠したことにより権力や立場が逆転した状態です。
現代にもありそうな、ドラマにもありそうな話。
だけど、自分の身近にもありますよね…そんな場合は悲しくなりますよね。
サラは、せっかく自分がお膳立てしたのに、その私には感謝のかけらも無く、それをすっかり忘れて、彼女(彼)だけがどうして幸せなの?
こんな気持ちだったんでしょうね。
また、ハガルは自分が女奴隷だった立場を忘れて驕り高ぶっていたけれど、サラから追い出されるままに問題から逃げていたのですね。

主の御使いが現れた時に、
「どこから来て、どこへ行くのか」
問うてくれました。
悩んだり苦しんだりして行き先を見失っている私達の胸の奥まで踏み込んで、破れから目をそらす生き方ではなく、挑んでいく行き方を指し示されているのです…と言う教えでした。

あぁ…ほんとに、何度となく自分の身に起きた悩みや苦しみをいつも逃げてばかりいたな…と思い知らされました。

この世の中で生きていると、揺るぎない精神を保とうとしても、流される自分がいるのです。
こうしている今も、小さなことで悩んでいたり、こだわっていたり…
自分の道をもう一度見直して、行き先をしっかり見つめようと思います。
そして、現代の私達には主の御使いは見えないから、立ち止まってもいいから神様からのメッセージを受け止め、行き先を間違っていたら修正して、もう一度原点に戻って歩き出そうと思います。


今日は、礼拝後に青年会の集まりがありましたグッド(上向き矢印)
そこでの話は別の記事で…猫




 
posted by AS at 23:46| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 教会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/91655018
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。