2007年11月18日

明日は教会だ

明日(っちゅうか、もう今日やけど)教会でケーキを作るのに参加することになっちゃいました。

アハハ〜\(◎o◎)/!
そういえば、
「なんか作るときには声かけてくださいね。」
と私から言っていたのだけれど…

その時は料理関係に興味あったし、料理全般に上手くなりたかったから言ったんだけど…

最近は、母が料理を担当することが多くて〜
しかもお菓子は長い間作ってないから、器具(ケーキの型とかハンドミキサー等)を処分しよっかな〜
と考えていたところでした。

そんなわたいが参加して大丈夫かぁ?(’_’)



とにかく、まずは食べられる物を作ろう!!








今日(17日)の夕食後に父が、
「もう来月から、洗濯はやらんからなっ!
 ちゃんと朝起きて自分でやれや!!」

と母に向かって言っていた…

ガァーーーーン(ノ><)ノ

あのクソ親父ィ(失礼)、やっぱり分かってなかったか!!
いくら母が仕事を辞めたと言っても「病み上がり」だと理解出来ていない。
目に見えることしか分からないのだ。
自分のことしか考えていないのだ。

洗濯係やめるなら来年蟹食いに連れていかないぞ!
って言いたいが、私が言うと逆切れするしなぁ…

あぁ〜〜〜〜
何のために今まで夕食時に父の話に付き合っていたのか…

もう〜〜〜〜〜〜
一難去ってまた一難、とはこの事さ。

明日、神様にちゃんと祈りを聴いてもらおう。

父が母に優しく出来ますように…
母が父にやって欲しいことを言えますように…
妹や弟からも父に、母へ気遣うよう言い聞かせてくれますように…
みんなが仲良く健康に暮らせますように…

たくさん過ぎて聴いてもらえないだろうか?

それならせめて、最初のだけでもお願いします(^人^)
posted by AS at 01:22| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 教会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月03日

『光の教会』へ

行きました!
以前このブログにも書いた、その世界では有名な『光の教会』と呼ばれる茨木春日丘教会へ行って来ました揺れるハート

もともと、3日は仕事だったのですが、同僚が出勤日を代わって欲しいと言うのでシフトを見てみると、ちょうど彼女が持っている休みが私の休みたい3日だったので交替したのです。

3日は茨木春日丘教会のバザーの日るんるん

でも祭日だし、何か予定が入るかもしれないし教会に行くのは最終に決めようと思って、誰もバザーに誘っていませんでした。
前日まで何も予定が入らなくてバザーに行くことにしたのですが、しかし、せっかく休みになったのに寝坊してしまい…ふらふら
だけど…休みの日は台所と1階と廊下は掃除するって決めたから、寝坊してもそれだけは済ませて、なんやかんやしてたら、もうお昼でした〜あせあせ(飛び散る汗)
なので昼ご飯を食べて、今、マイブームのテレビ小説「ちりとてちん」を見て、さぁ出発演劇
と言っても車は運転出来ないので自転車で〜信号
(自転車の絵文字ありませんでした…泣)

るんるん〜 ドライブに連れってって〜
      今すぐに〜るんるん
なんてチャリカラ(自転車乗って歌を歌う)まで出てしまう程のいいお天気晴れで春日丘の坂道も風を受けて気分が良かったです。

少し迷いそうになりましたが、無事に教会へ到着。

まずは牧師先生に先日の説教のお礼を言いにご挨拶をしました。
「礼拝堂で演奏コーナーがちょうど始まったばかりですよ!」
と教えてくださり、バザーイベントも気になりましたが、先に礼拝堂へ。

ほぉーーーーーーーーフリーダイヤル

ちょっと想像していたのとは違ってました。
「光の教会」と呼ばれているので、もっと眩しいくらいに光が入ってくるのかと思いきや、正面の十字の部分や壁の横から少し光が入ってくる構造になっているのです。
何とも言えない感動でしたぴかぴか(新しい)
教会の礼拝堂なんて、みんな同じだと思っていましたので…。
建築の事は何も分からない私ですが、教会がこの建物を維持するのは大変だろうけど、とても立派な芸術作品だと思いました。
写真を撮りたい気持ちは山々でしたが、撮っていいのか分からず、教会員のみなさんを不快な気持ちにさせてはいけないと思って断念しました。
礼拝堂の中で演奏されている賛美歌を聴いていると、心が清らかになっていくような気がしました。

さてさてバザーに行ってみると…
あ〜〜〜目
午前中に来ていたらビンゴゲーム等もやっていた様子。
しょうがない、寝坊した時間は取り戻せないから。

で、ここ最近のあたしは、妹が言うには、
「なんかお姉ちゃんエコライフに凝ってるらしいなぁ。」
だとさ。
いや〜何をおっしゃるウサギさん!
きっかけを作ったのは、そういう妹なのだ。
(常藤さんの家を見学してからだもん)
それで、せっかく家の中の物を整理整頓しつつあるのに、このバザーでまたもや物ブティックを増やしてしまいましたとさ。

でも買った枚数分だけ、捨てる方(田舎へ送る方プレゼント)へと減らさなきゃ〜と思いつつ帰ってきたのでした。

  
<おまけ>
お茶喫茶店とクッキーのセット(¥250)
これが手作りのクッキーで美味しかったです。
肉まんと綿菓子も食べたかったけど、ちょっと買う勇気が無かった〜
posted by AS at 23:13| 大阪 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 教会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月29日

4/29 家族ぐるみ合同礼拝

日本基督教団茨木教会では、年に数回「家族ぐるみ合同礼拝」があります。
内容は、毎週の礼拝とは少し趣が違い、子供たちや、初めて来られる方や、久しぶりに来られる方により分かりやすい聖書の箇所を選んで説教してくださいます。
また賛美歌も幼稚園で歌われている物がほとんどなので、曲を知らない人でも簡単に口ずさめるメロディなんですよ。

今日の礼拝
聖書 旧約(P2)創世記2:7〜8、18〜25
説教 「神さまによって造られたわたしたち」

このように偉そうにしているけれど、本当は人間は弱くてもろい者なのです。力が沸いてくるのは自分の力ではなくて、神様が私達の一人ひとりに「ふうーーーっ!!」っと命の息を吹き込んでくださっているから生きられるんですよ。
この聖書の箇所に出てくる「アダム」
主なる神様はアダムをエデンの東に連れて行かれました。
神様がアダムにいろんな動物を与えても元気にならないので、アダムの心の一番そばにある、心を守っているあばらの骨を一つ取り、それで女の人を作った。
アダムのそばに女の人を連れてくると二人は結ばれた。
私達人間はひとりぼっちで生きてちゃいけないんだよ。
一緒に喜んだり悲しんだり出来るように、一緒にお話しながら生きているように造られたんです。
今、「私はひとりぼっちだ」と言う人にもイエス様がおられます。神様はひとりぼっちの私達にイエス様を与えてくれたのです。イエス様のお姿は見えませんが、あなたはこの人と一緒に生きなさい、お互い助け合い生きるんですよ、と言う愛する力や愛する相手を選んでくださるのです。

今日の話はこんな感じでした。
ビックリしたな〜アダムの話を聞いている最中に「私はひとりぼっちなんだけどぉ…」って思った途端、牧師の口から「ひとりぼっちの人にはイエス様がおられます。」って言うんだもの、私の心を見透かされたのかと思いました。

キリスト教信者じゃなくても、よく聞きますよね、自分の片割れが必ずいて、その人とめぐり逢うって!
聖書から一般化された話や、言葉ってたくさんあります。
だから、今日の話もそうだってことですね。

さぁて、イエス様が私の相手を選んでくれると言うからには、一緒にライブや観劇に行ける人がいいですね〜♪
出来れば教会にも一緒に行ってくれる人がいいですね♪
ちょっと欲張りすぎか?
せめて教会に行くことを許してくれる人がいいですね〜φ(.. )

今日は家族ぐるみ合同礼拝だったので、たくさんの可愛い子供たちも一緒に礼拝に出られて良かったです。
またこれからも教会にみなが通えますように。
迷っている人、困っている人には、神様からのメッセージが聖霊によって届けられますように…☆
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2007年04月08日

4/8 イースター礼拝

今日は本当に忙しい一日でした。
しかし、昨夜から「こうなるといいなぁ…」と思っていた通りになったので、嬉しいィ〜充実した一日でした!

<イースター礼拝>
聖書 新約(P97)マルコによる福音書 16:1〜8
    新約(P322)コリントの信徒への手紙一 15:54〜58
説教 「死に勝利されるキリスト」  田辺 由紀夫 牧師

神様に見捨てられ、裁かれ、十字架につけられ、無力に死んだイエス様が、神様によって罪と死の世界を打ち破る復活をされました。イエス様は私達全ての罪人の代表となり、神様の裁きを受けられたのです。
私達は聖書を知らなくても、死に直面した時や、病に侵された時、罰が当たったと思うのではないでしょうか?
恨みやつらみ、嘆きを抱えながら死んでいく、それはまさに罪人のまま苦しめられながら死んでいく…なんと悲しいことでしょうか。

だからこそ、主イエスキリストの十字架と復活がまことの福音、まことの恵みの光なのです。


う〜〜〜ん(+_+)
深い、難しい…私には。

教会に行くようになって、「イースター」の意味を知りました。
それまではキリスト教の行事といえば、クリスマスだけしか知らなかったから。
一般的にもきっと私のような方がいらっしゃるかと思いますが…。

復活の意味というか、聖書を理解するのには時間もかかるし、自分なりに納得いくところまでは読み込めてはいません。
聖書でよく解き明かされる「感謝」は出来ても、「許す」のがなかなか出来ないのが現状です。

今回の説教では、「自分が死に直面したときに、罰が当たったと思うのでは?」と言う牧師の分かりやすい言葉が、心に響きました。
罰が当たったと思った時に、その後どう思ってどう行動するか?
私は、そのような時には謙虚に受け止めて、神様が望まれるように、私を生かしてくださっていることに感謝していこうと思います。

まだまだ迷える子羊の私ではあるのですが、神様からのメッセージをいつも受け取ることが出来ますように…☆

また、母の後遺症が日に日に良くなり、仕事への復帰も近づいてきました。
その際には、母本人も教会に報告に行こうと思っているようなので、どうかその願いが叶えられ、招かれますように…☆☆
    
posted by AS at 23:55| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月19日

今日の礼拝(3/18)

今日は礼拝に出席できました。
でも、日頃の怠慢で家の事をやっていると時間はいつの間にか、礼拝の始まる時間に!!

せっかく休みで、礼拝にも行けるんだから…と、遅刻ぎみで教会へ向かいました。

今日の礼拝
聖書 新約(P86)マルコによる福音書12:13〜17
説教 「人のものか、神のものか」

世俗にどっぷり浸かって、日曜だけ礼拝に来て信仰生活をしてはいないでしょうか?
この聖書の箇所では「皇帝の物は皇帝に、神の物は神に…」とイエス様が教えておられるところです。
神の印が付いた物とは何でしょう。
この私達は、神様のお姿を写し取られて作られたものである。
あなた方は見失ってないだろうか。
あなた方は神の物なのであるから、神に従い、神によって生かされるという事を感謝しなさい。

今日の話はこんな感じでした。
初っ端から私の耳は痛い…なんせ日曜だけ礼拝に…どころか礼拝もほとんど行ってないのだから。
毎朝毎晩の食事の前にお祈りをしていたから、感謝ってしてるつもりでいたけど…。
でも礼拝で牧師先生の話を聞き、改めて考えると「感謝」してる「つもり」であったと気づきました。

牧師先生はこんなことも言っておられました。

この世のさまざまな権力に取り囲まれて、理不尽なこともあるけれども、その中で自分に与えられたことを誠実に努めていく、その中で神様によって生かされているんだと、キリストのために忍耐し、愛によってキリストの正義に生きよう。

うぅ…ぅん、あたしって誠実じゃあないな。
余計なことに時間とか、お金かけて、誠実でいなくてはいけないところは、ちゃらんぽらんだわ。
そんな私だからこそ、今日の礼拝がぴったりな内容で、神様から招かれたのかもしれない。

不思議に思うのは、礼拝に出ると、その時に自分に必要な御言葉を頂けるということ。
私が礼拝に出れるのは仕事の関係上、毎週ではないのにもかかわらず、何故だか問題点とピッタリと合っている。
そう、失恋したときや、人に騙されたときや、仕事の人間関係で悩んでいるとき、母の病気でゴタゴタしていたときでさえ、
「あぁ、そうだった、また私は忘れていた。
 神様からのメッセージで思い出した。」
と思うことが多いのです。

今日は遅刻してしまったけど、今度から早起きしなくてはf^_^;

posted by AS at 00:03| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 教会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月06日

突然の・・・

昨夜仕事を終えて帰宅すると、一枚のファックスが届いていました(・_・)

それは私がここ数年お世話になっている、茨木教会の方からの訃報の知らせでした。

亡くなった方は、M姉妹。
(なんでか知らないけど、クリスチャンの間では「さん」とか「くん」と呼ばないで、女性には「姉妹」、男性には「兄弟」をつけます。)

彼女を初めて見たのは何年前だっただろうか・・・日曜の主日礼拝では一番前の席に座っておられ、私がいつ行っても必ず和服姿で礼拝に出席されていました。
いつだったか、教会で昼食をとった時だったか、祈祷会の後だったかに、私にも声をかけてくださり、私のことを覚えていてくださったことに驚いたと同時に感激したのでした。

今年の三月には百歳を迎えられ、久々にお姿を拝見できて、とても嬉しかったのですが・・・
お会いできたのはそれが最後となりました。

私はキリスト教での葬儀には、まだ一度も出席したことがありません。
運良く、今日は昼間の仕事が休みだったので、喪服を出したり、香典袋を探したりして、とても慌てました。

教会での葬儀に行ってみると、「顕花代は故人のご意思により固く遠慮いたします」っていうような看板が出ており、ますます、謙虚な方だったことが伺えました。
葬儀はいつもの礼拝のように、賛美歌を歌い、聖書を読み、牧師先生の話を聞き・・・
何も変わらないはずなのに、いつしか涙が出て、賛美歌が歌えなくなっている自分がいました。

牧師先生の話では去年十二月まで毎週礼拝に出席していたMさん。
簡単なようですが、なかなか継続出来ることではありません。
接した時間は短かったですが、私もこれからの人生を、彼女の素敵な生き方をお手本にしていこうと思います。
posted by AS at 15:58| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 教会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

祈祷会

今日は予定を変更、朝の祈祷会に行って来ました。
私が通う(と言っても通うと呼べる程行ってないんですが)茨木教会は、大阪府茨木市のJR茨木駅から、徒歩7分前後に位置するんですが、地図を勝手に貼り付けちゃいました〜。

http://map.yahoo.co.jp/print?mode=1&key=a9c147d332db74b63205576&pass=2e2b7bbbff23e20d

本日の聖書の学び「マルコによる福音書」11章12節から25節

・・・略・・・ 
「主イエスが空腹を覚え、葉の茂ったいちじくの木を見て近づくと、実がなっていなかった。それはいちじくの季節ではなかったからである。・・〔今から後いつまでも、お前から実を食べる者がないように。〕と言われた。」
・・・略・・・
というくだり。


私はほんまにアホでした。 
なんて我が儘なイエス様って思ってましたから。
しかし聖書は、「外見だけ着飾っていても、実はならないよ。」と教えてくれていたのでした。

なかなか聖書は難しく、自分だけでは判断できない文章が多いのですが、祈祷会に行くと理解できるし、また、不思議なことに、まさに今の自分に相応しい教えを頂くことが多いのです。

久しぶりに祈祷会に行けて感謝です☆☆☆

posted by AS at 14:11| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 教会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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